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-オセロ Black Line-

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VOCALOID-話-

アマビト







夏になると近所の大きな神社の敷地で、盆踊りが開催されていた。田舎のこの土地では、町内会が切り盛りする盆踊りの催しに伴って周囲の参道には出店が多く立ち並び、私は母に黄色の浴衣を着せてもらいそこへ友達と遊びに行く。去年までは母と一緒に行っていたが、もうすぐ中学生だからね、と今年から友達と行く許可をもらえたのだ。
「えーと、スマホ、ハンカチ、お財布…」
お小遣いの千円札を大事に巾着へしまい、ひとりで夕暮れの町を歩くことに少しの興奮を覚えながらカランと下駄を鳴らして神社へと向かった。



「---あかりちゃん遅いなぁ…」
約束した時間を過ぎても姿を見せない友達に、唇を尖らせながら、ちぇ、と少しの不満をこぼす。
「おなかすいたよ~…たこ焼き食べたぁい」
待つのにもそろそろ疲れてきた。そうだ、先にたこ焼きを買ってきて食べながら待とう。私はそう思い立ち神社のほうにあるたこ焼きの出店へと歩いた。
出店のおじちゃんに、千円札を渡す。おつりの五百円玉一枚と百円玉一枚を落とさないように受け取ってお財布に入れる。巾着を手首に下げてからたこ焼きを受け取った。熱いから気を付けるんだぞ、とおじちゃんの言葉にコクリと頷いて来た道を戻る。
あつあつのたこ焼きに目を奪われていたからだろう、淡いピンク色の浴衣を着た女の子とぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「わ、ごめん!」
お互い咄嗟に体を引いたからだろう、ドンという衝撃は無かった。よかった、避けられたみたいだ。危うくたこ焼きを落としてしまうところだった。
「だいじょーぶ?ごめんね、前をよく見てなくて」
「ううん、私もきょろきょろしてたから…」
ホッと、なぜか安心するかのように息をつく中学生ぐらいの女の子。その様子に少し疑問を覚えたけれど、まあいいか、と頭の隅っこにそれを押しやって変わりに名前を聞く。
「イアだよ。きみは?ひとりなの?」
こてんと頭をかしげるイアちゃん。髪の毛は細かく編み込みお団子に結い上げ白い大ぶりの花のついた簪を刺していた。わあ、かわいい。美少女がやると破壊力ばつぐんだ。自然と持ち上がる口角をむずむずと我慢しながら、軽い自己紹介をしてそのまま話し込む。
イアちゃんはお父さんと一緒にここへ向かっていたが、はぐれてしまって迷子になったらしい。なるほどだからか。ひとりは心細いだろうし、友達のあかりちゃんが来るまで一緒にいてあげよう。
「---ありがとう」
ふ、と花がほころぶような美少女の微笑みに私はもうメロメロだった。なんということだ。こんなにもかわいいに溢れた女の子がこの世に存在していたとは。この運命の出会いに感謝の言葉を心の中で何度も叫ぶ。そういえばここは神社だった。今度学校帰りに神様にお参りしよう。ありがたや。
そうしてメロメロでお喋りな私は、友達のゆかりちゃんが来るまでずっとイアちゃんと話をしていた。ちなみにたこ焼きは食べてない。一緒に食べる?とイアちゃんに聞いたら遠慮されたのですっかり冷めてしまった。
「オネちゃぁぁん、ごめんね、おうちにスマホ忘れてきちゃって…っ」
半泣き状態のあかりちゃんが私たちの傍へ駆け寄ってきた。気にしてないよ大丈夫、と伝えて背中をなでてあげる。むしろそのお陰でイアちゃんと出会えたのだから恨み言など出てくるはずも無い。一息ついて落ち着いたのか、あかりちゃんは顔を上げて私の持っているたこ焼きを見た。
「あっ、もうたこ焼き買ったの?私焼きそば食べたいから買いに行こうっ」
「え、ちょ、待っ…」
ぐいっとたこ焼きを持っている手とは反対の腕を掴まれ、小走りで神社のほうへと連れて行かれる。
ああ待って、まだイアちゃんにお別れの挨拶をしてない!咄嗟に振り返るもイアちゃんは少し遠くなってしまっていて、慌てて手を振った。たこ焼きを掲げる形になってしまったのはご愛嬌だ。イアちゃんも手を振り返してくれた。ごめんね、お父さん見つかるまで一緒にいられなくて。
「焼きそばと~!みずあめと~!」
キラキラした瞳で出店を見回すあかりちゃんに気付かれないようクスリと笑って、私は歩調を合わせるようにあかりちゃんの隣に並んだ。まったく、しょうがない許してあげよう。 もう後ろを振り返っても美少女の姿は見えない。
「イアちゃんとまた逢えるといいなぁ」



再び偶然逢えることを期待したものの、世の中そう上手くは出来ていない様でイアちゃんとの再会はいまだ叶っていない。季節は移り変わり、1年が経とうとしていた。今年もまた盆踊りの日がやってくる。
私は中学生になったのに、今年の盆踊りは母と一緒だった。去年の盆踊りの日に子供が交通事故に遭ったため保護者同伴推奨、と町内会の回覧板に書いてあったからだ。せっかく去年から友達と行ける様になった盆踊りは、母と一緒に逆戻りだ。
「おか~さん、たこ焼き買って~!」
「はいはい」
友達と行けない事は残念だけど、代わりにお財布の心配をしなくて良いのは利点だ。ここぞとばかりに母におねだりをしよう。そうしよう。
「やきとりも食べたいな、あっカキ氷も!」
「まずはたこ焼きを食べてからにしなさい」
「はぁい」
わざと子供っぽく受け答えしてちゃっかり全部買ってもらおうと考えていると、人と人との間から遠くに懐かしい姿を見付けた。淡いピンク色の浴衣に、細かく編み込まれたお団子に白い大ぶりの花のついた簪。去年とまったく同じイアちゃんの姿だった。お気に入りの浴衣スタイルなのだろうか。困ったような、少し悲しそうな顔をしてキョロキョロと回りを見回している。もしかしてまたお父さんとはぐれてしまったのだろうか。心配になり声を掛けようと歩き出そうとしたところで、母に手を掴まれる。
「こんな混雑しているところで離れちゃだめでしょ」
こっちの少し空いているところで食べなさい、とイアちゃんとは反対方向に誘導される。あぁ、やっと見付けたのに。
イアちゃんがはやくお父さんと逢えますように。



また1年経った。この頃になると母も去年の過敏な心も薄れてきたのか、また友達と盆踊りに行く許可が下りていた。が、今年の盆踊りは雨だった。
天気予報でも完全に雨の予報だったから友達と一緒に行く約束はしなかった。盆踊りは神社の祭事だから、と雨天延期にはならなかったので、去年同様参道には出店が並んでいることだろう。年に一回しかない”出店のたこ焼き”を食べる機会は逃したくないものだ。こんな天気だと浴衣を着る気は失せるので普段着のまま傘を差して家を出た。
「---あ、れ?」
雨のせいで人がまばらな参道は周囲が見渡せるほどだった。去年までの大混雑とは大違いだ。そのお陰で私は、懐かしい姿を見付けることができた。
淡いピンク色の浴衣。細かく編み込まれたお団子。白い大ぶりの花のついた簪。まったく同じ姿のイアちゃん。…まったく同じ姿、の?
違和感はまだある。今日は雨だ。雨が降っている。なのにイアちゃんは傘を差していない。いや、傘すら持っていなかった。去年見た時と同じ困り顔で周囲をキョロキョロと見回し、たまに思い出しては空を見上げて雨雲を確認し、悲しそうにうな垂れている。
私はぞっとした。
イアちゃんの髪が、濡れていない。
「…オネちゃん?」
閑散とした参道で立ち尽くしていたからだろう。イアちゃんは私を見つけて、こちらに駆け寄ってきた。
「オネちゃん、わた、私のこと、見える…?声、聴こえる…?」
瞳を潤ませるイアちゃんに向かって、コクリと頷いた。背筋に冷たい汗が流れる。まさか。あぁまさか。
「おかしいの。みんな私の姿が見えなくて、声も聞こえないみたいで。触れようとしても透けてしまって。…だから私、もしかして」
わあ、と堪え切れなくなって泣き出したイアちゃんと、恐怖のあまり引き攣った私の声が小さく重なる。
「「幽霊…だよね…」」



「お父さんと一緒に盆踊りへ行こうって歩いていたの。手を繋いでいたはずなんだけど、突然はっとして、気付いたらお父さんはいなくなってて…」
参道の端、あまり人気の無いところに私とイアちゃんは移動した。先ほどいた場所では人目があり、周囲から私が独り言を呟く子に見えるだろうから。
「お父さんを探していた時にオネちゃんにぶつかったの。…一瞬だったから気のせいだと思ったんだけど、身体が透けて、私はオネちゃんに触れられなかった」
なるほど。2年前にたこ焼きを勧めた時に遠慮したのは、イアちゃんの中でその懸念があったからのようだ。
「私以外の人とは?喋れなかったの?」
「話しかけても気付いてくれないの。通せんぼしても見えてないみたいで、透けて素通りするばかりで…」
イアちゃんの感覚では今日は《3回目の盆踊り》らしい。気が付くと盆踊りが始まっていて、終了の時刻とともにまた次の盆踊りが始まる。そこに1年という時間の概念は無いそうだ。まるで繰り返しのループ。ミッションを達成できるまでやり直されるゲームのようだ、とイアちゃんは嘆いた。
「…ねぇもし本当にそうだったら?」
口元に手をやり、私は探偵のように推理する。
「イアちゃんの《繰り返す盆踊り》が何かのミッションで、それを攻略することがゴールだとしたら?」
2年前はたしか盆踊りの日に子供が交通事故に遭ったという話があったはずだ。だからこそ母は翌年、つまり今から1年前の盆踊りでは子供同士で行くことを禁止した。
「イアちゃんはお父さんを探している。…なら、それがミッションなんじゃないかな」
「お父さんに逢うことが?」
「そう。試す価値はありそうじゃない?私にはイアちゃんの姿が見える。声が聞こえる。住所さえ教えてくれれば今からお父さんを呼びに行って、ここに連れてくることができる---…でも」
その時はつまり、イアちゃんがこの世から---。
「…うん、そう…だよね」
花びらがほろりとほどけて散るかのようにイアちゃんは静かに頷いて、…小さく笑った。それからしばらく目を瞑って、心を落ち着けてから私に住所を教えてくれた。あぁ、ついにこの美少女とお別れなのか。
「イアちゃんと一緒に盆踊り、回りたかったなぁ」
ポツリと呟いた私の言葉に、イアちゃんは緩く首を振った。幽霊は還るべきところがあるから、と。
「---ありがとう。私の声を最後に聞いてくれたのがオネちゃんでよかった」



イアちゃんの家は、神社からほど近い場所にあった。
私はインターホンを押して返事を待つ。低い男性の声がスピーカーから聞こえたので端的に伝えた。
「イアちゃんがお父さんを探しています。盆踊りの会場に迎えに行ってあげてください」
それだけ言って、私は立ち去った。きっとこれで充分だ。どんな運命かはわからないが、私の《役》はこれで終了だと感じていた。盆踊りで幽霊とぶつかった縁、というものなのだろうか?
「…ん?」
私は記憶の底を漁った。なにかが引っかかる。
今私は何に引っかかったのだろうか?なにかとても重要なことのような気がする。考えろ、思い出せ。
「…回覧板」
田舎のこの土地では、未だに回覧板が存在している。この盆踊りだって町内会が神社の人と協力し合って切り盛りしているのだ。この町内であったことや重要なお知らせはすべて、回覧板で連絡が回る。
そう、それこそ…人命に関わるようなものは、必ず。
「2年前は盆踊りの日に子供が交通事故に遭ったお知らせが。1年前の盆踊りでは保護者同伴推奨のお知らせがあった」
そうだ、そして、2年前から今日までの間には。


この町内で《子供のお葬式》のお知らせは---…
---なかったはずだ。




「うぇ~暑い~…」
じとりとした暑さのせいで額に汗が浮かぶ。母に着せてもらった浴衣を着て、私は今年も盆踊りに向かっていた。中学3年生の夏。受験勉強という現実から目をそらす為にあかりちゃんを誘うつもりだったが、夏期講習を理由に断られてしまった。ぼっちじゃん。
「いいもんね…たこ焼き食べたいし…」
恨み言のようにブツブツ呟きながら歩いていると、盆踊り会場である神社の入口に一人の女の子が立っていた。淡いピンク色の浴衣に、細かく編み込まれたお団子。
---記憶の中にしまいこんだあの不思議な夏の出来事がぶわりと頭に蘇る。3年見続けた浴衣姿だが今年は少し違う。頭に刺した簪の花の色が白から黄色に変わっていた。ふとこちらに気付いたかのように女の子が振り向く。
「---ねぇ、一緒に盆踊り、回ろうよ」
綺麗な花のつぼみが一斉に咲いていくかのような笑顔を湛えて。
---美少女が、そこに立っていた。

【終】





《アマビト》

死に瀕した人間の魂が生霊となる。
死の直前の魂が出歩いたり、物音を立てることを
「アマビト(あま人)」といい、
逢いたい人のもとを訪ねるという。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オセロBlackLine  れいかる
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